著者

悪い夢みたいな人生

自分には才能が無いことを認めたくなかったんです。

がむしゃらに生きてきました。文字通り、これまでなんとか「生き延びた」という感じです。

家族は小学校5年生の時にバラバラになりました。

ある日、学校から帰ってきたら母親がいませんでした。

「いつ帰ってくるのかな?」と思っていたら、3日、1週間、1ヶ月経ちました。それからずっと帰ってきていません。

学校から家に帰っても誰もいない状態でした。父親は週に数日帰ってきては、意識を失うくらい私のことを殴りました。

耳から血がダラダラと流れていました。

13才くらいの頃から、放っておくと「どうやって人生を終わらせようか」という考えばかりに囚われていました。

もちろん、そんなこと自分では望んでいませんでした。

でも、

頭の中では幽霊みたいな声がずっとしていました。

16才の時にはじめて、バイトして貯めたお金でギターを買いました。音楽を聞くことは自分にとっての救いみたいに感じていました。

バンドを組んで、ミュージシャンとして音楽活動をはじめました。

それから、15年。

30歳を超えるまでプロのミュージシャンとしてやっていこうとしていました。

アルコールと薬物、それから対人恐怖。ずっと自分には「生きている価値がない」と思っていました(これを書いている今も思い出すと辛いです)。

深く、沈みこむような鬱と、恐怖からくる怒りがらせん階段みたいにグルグルと回り続けてる。それが永遠に続くような生活を続けていました。

「それでも、自分には何か才能があるはずだ」

理由は分かりませんが、かすかにそんな感覚がありました。それがあったから生きてたんだと思います。

がむしゃらに生きていました。20才くらいのころは大阪でホスト、それから工場で夜勤の仕事をしたり、きぐるみを着たり、屋台をやったり、ティッシュ配り、コンビニ、引っ越しの作業員など。某バーガーショップや皿洗いなんかもやりました。

アルバイトも続かないので30種類くらいやりました。何も続けることができない自分を責めていました。

友達という友達はほとんどいませんでした。本音を話すことが無かったからだと思います。

ほんのわずかにできた友達とはあまり続かず、そのうち一人はバイクで死にました。

生きてると苦しい。

そういう感覚から逃げ出したくて、イギリスに行きました。2年位いたのですが、途中からお金が無くなって路上生活していました。ホームレスです。

正直なところ、世間から見たら本当に社会の底辺の男だったと思います。自分でも「クズだ」と思って生きていました。

自分のことばかり考えて生きて来ました。誰かのことを考える余裕なんてない状態でした。

頭のなかにいつも聞こえる幽霊みたいな声から逃げ続けていました。

「このままじゃ本当にダメだ」

そう気づいた時にはもう30歳を超えていました。

この年齢でゼロからなにかを成し遂げる。
「そんなことバカげている」とは自分でも思っていました。

それに、それまでやってきた音楽を手放さなきゃいけない。そういうことを考えると「怖い」という感覚がどうしても起きてきます。

なにかに依存したい、そういう感覚が湧いてきます。神様がいるんだったら、助けてくれ。そんなことを本気で考えていました。

でも、

「それまでも独りだったし、これからも独りだ」
「だから生きるしかない」

そう思ってまたがむしゃらに生きるしかないと、ビジネスを学びました。

本をきちんと読み始めたのは30歳を超えてからです。高卒だし、人が怖かったので学校には殆どいけませんでした。だから勉強なんて、したことはほとんどありませんでした。

まだ幽霊の声は頭から離れませんでした。

そんななか、

運命が複数のキーパーソンと出会わせてくれました。

日本、アメリカ、イラク、スペインなどの国籍をもつ人たちと不思議な縁で出会うことができました。

彼らとの出会いが、少しずつ私の人生に良い影響を与えてくれました。

彼らから生きること、精神について、思考について、感情について多くのことを学ばせてもらいました。

なにかそれまでに起きた色々な出来事は必然だったような気がし始めていました。

そのころから、過去のことは気にならなくなってきました。むしろ、なにか必要なことだったような気さえしました。

なにか変な宗教にハマったみたいな言い方ですが、いや、全然関係ありません。

それから、数年経ちました。

私は変わったと思います。

多分、10年前の自分が見ても「自分のことだ」とは気づかないかもしれません。

いま私は数億円のビジネスに関わらせてもらったり、ベストセラー作家のプロモーションをさせてもらったり、海外の起業家からも日本でのマーケティングについて相談をもらう。

そんなことが起こっています。ほんの数年前だったら、自分自身でも想像することすらできなかったことです。

頭の中で聞こえた幽霊みたいな声は、いつの間にか聞こえなくなっていました。

私に起こった出来事、キーパーソンたちとの出会いは必然だったと思います。そして必然は自分の内側がつくり出していると知っています。

僕らは誰もが「存在の価値」を持って生まれてきています。

あなたにもこの必然をつくり出す方法をいつかお話できたら嬉しいです。

長い自己紹介を読んでくれて、ありがとう。

近い将来、あなたに会えることを楽しみにしています。

 

 


沖田賢治 おきたけんじ

TVとSNS、出版という複数のメディアを活用して売上をつくるマーケター。

これまでに年間10億円規模の会社の広告運用、SNSを使った数千人規模のセミナー集客などに関わるほか、一部上場企業の新商品のネット通販部門のマーケティング、新規店舗の展開を行う。その他、ベストセラー作家のブランディングを実施して前年度の1年間の売上を60日以内で達成させるなど、様々なメディアで活躍している。

ノンフィクションのストーリーを軸にしたPR、プロモーションをおこなって短期間で数億円の売上を生み出している。また本質的な課題を浮き彫りにするインターベンションの技術、クライアントが持っているコアをベースにしたコンセプトを発見する心理技術には定評がある。

20代はイギリス、ロンドン近郊で音楽活動。その後、東京へ移り住む。趣味はギターとピアノ、ビリヤードとウィスキー。

大切にしている価値観は挑戦、貢献、遊び心。